震災ボランティア志願
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は研修中に震災によって研修がストップし、ボランティアに行くことにしたことを書きました。
阪神淡路大震災の時の後悔が残っていた私は、やっと震災ボランティアに参加できました。
市の社会福祉協議会(社協)というところが受付会場となり、朝集まったボランティアたちを各地域に割り振りしていました。
どんな仕事をやったかというと、ショベル(大きいスコップ)による道路の泥掻きでした。というのも、道路の至るところが液状化現象で泥水に埋まっており、車も車庫から出せない状態でした。
1グループ10人くらいで一斉に一方のサイドから掻きだしていき、道路がやっと顔を出してきました。
こんな地味~な作業の繰り返しでした。
10人いても、1時間でやっと細い道路の地肌が見えたような感じ。
ここ最近、毎年のように大雨被害で日本各地の家が泥水浸しになっていますが、それを片付けるのはかなりの労力と時間がかかることがわかります。
社協のボランティアは、必ず一定時間ごとに休憩を取り、危険な仕事は絶対にさせず、労働時間も数時間で終了でした。
こうして3日間連続でボランティアに行きました。
だんだんボランティア志願者も増えてきていたことも実感していました。
そして4日目。
社協では毎朝当日のボランティア登録をしてから仕事を割り振られるのですが、その日も朝同じように到着したのに、なんもう当日の応募が締め切られていました(><)
え~っっっっっ、こんなに早く?!
社協は地域の人達からの要請に応じてボランティアを派遣していたのですが、どんどん増えるボランティア志願者に対し、要請の数とスタッフの人数が不足していました。そりゃこんな初めての経験、無理もない話です。
けれど、やる気満々で出掛けていった私としては不満です。
そこで、同じように志願に来てあぶれてしまった人たちと声を掛け合って、自分たちで独自に繰り出すことにしました。
私が3日間で行った地域の中の1つの場所に行ってみました。
個人で泥掻きをしている人を見つけては、手伝いますよ、と声を掛け、多少お手伝いをしました。
数時間後、一緒に行った人たちが帰り、私は1人になりました。
でも、私はまだまだ不満でした。
もっときっと困ってる人たちがいるはず!!
そう思い、今度は違う場所に行ってみたところ、道路の泥水具合がハンパない地域がありました。一軒家が多く、自分たちである程度片付けている家もあるものの、震災後数日経っているのに、いまだに道路に水が流れているような状態。
何軒か片付け最中のお宅があり、声を掛けて手伝いを申し出たものの、私1人の力なんてたかが知れてます。その時に1人の人が教えてくれました。
「この地域の自治体がそこの公民館でボランティア募集してると思うから、行ってみたら?」
これが私のその後の研修生活を一変させることになりました。
公民館に到着すると、自治会の人たちによる災害対策本部が立ち上がっていました。年配女性がトップで指揮をとり、社協から派遣されたボランティアを動かし、さらに自分たちでも各家庭の片付けを手伝っていました。
私はボランティアに来たので何か手伝えることはないか、と尋ねました。すると、言われたのは、「もっと沢山のボランティアの人たちが欲しいです」と。
たしかに、10人がかりでやっとこさ道路が1つきれいになるくらいです。もっとまとまった人数が欲しいのは明らかです。
ということは、私がやることは、自分が1人泥掻きに動くことではありませんでした。年配者の多いここの自治体では、もっと他に必要とされている、私がもっと助けられるかもしれないことがありました。
それは「SNSでの情報発信」です。
昔海外にいた時に、SNSを通じて人を集めたことがあったので、何となくやり方もわかるし、「SNSでここの自治体に来てくれるボランティアを募集してみます!!!」とお伝えしました。
帰宅後早速SNSでトピを立て、募集をかけてみたところ、すぐに反応がありました。そして、こんな書き込みもされました。
『ここの自治体ではボランティア保険加入がなく(社協では当日その場でできる)、無保険の状態でボランティアをすることになっているが、非常に危険ではないか?未成年も参加する可能性がある中、良くないのではないか?』
たしかに仰る通りです。
自治体の方も、保険加入がないことを懸念していましたが、それを承知で来てくれる人を募集することにしていたのです。
その投稿の後、なんと私のトピック炎上しました!!!
そうだそうだ、無保険なんてけしからん!
危ないじゃないか!!
そうしたコメントでごった返しました。
皆さんならこんな時どうします?
私は一旦一部削除したのですが、でももう止まらないので、1人ずつコメントに返信していきました。
「そうですね、仰る通りです。そんなところまで考えが及ばず、募集をかけてしまいました。申し訳ありません。」
とにかく絶対に人を攻撃する言葉だけは書かないように努め、平身低頭相手のコメントを受け入れる形で返信していったところ、今度は逆に応援コメントが出始めました。
「別にこの人は悪いことをしようとしてるわけじゃない。この町を愛して、何とかしようとしてる、それだけじゃん」と。
この炎上は数日続いたのですが、私がSNSで募集をかけ始めて以降、保険がなくてもぼちぼちボランティア志願者が集まるようになりました。炎上のお陰で沢山の人の目にとまったのです。
さらに数日後、こんなメッセージが届きました。
「初めまして。私はスポーツチームのキャプテンをしている者です。トピック拝見しました。今度クラブのメンバーを大勢引き連れてボランティアに伺いたいと思います。」
この一通のメッセージが、私のその後の研修生活をぐっと楽しいものにしてくれました。
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震災発生
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は研修がスタートした話を書きました。
前回も書きましたが、開始早々パンチくらいました。
本当にわからない。
私は同期の中でも飛びぬけて出来が悪く、マッサージ練習をしようにも手つきは悪いわ、管理を勉強しても理解できず、どうしようにもない状態でした。
「他の人のレポート見て書き直して!」
先生から言われました。
私としては、他の人のレポートの方が意味わからず、私のものはかなり書けてるのに、全く正反対のことを言われかなりショック。
けど、後々自分のレポートを見てあまりのとんちんかんさにぶったまげました(><)
やる気だけはバリバリあるのに、頭がついていってない。
でも、とにかく毎日毎日研修には行きました。
ふた言目には、先輩に「よくそこまで行きましたね・・・私はいつになったらできるようになるんでしょうか?」とそんなことばかり言ってました。
そんなこんなで半年が経とうとしている頃、世の中に大事件が起こりました。
忘れもしない2011年3月11日、東日本大震災です。
千葉県にある施設で研修をしている最中でした。
研修施設があった場所はもろ地震の影響を受けました。
何が起こってるのかはよくわからなかったけれど、とにかく皆で外に出て地震が収まるのをじっと待ちました。
この時初めて道路の隙間を見ました。道路って縦方向にブロックをはめ込んでいるような構造なのですね。地震の揺れに合わせて割れ目に沿って縦方向に互いのブロックがずれるので、その隙間が生じていました。
道路の奥底は深く暗く、どこまで底が続いているのかわからず、これ落ちたら死ぬなあ、、と思いました。
そして、「液状化現象」が始まりました。道路の至る所で下から水が染み出てきました。
うわあ~、これが昔どこかで耳にしたことのある液状化現象かあ。
そう思ったとたんに、施設の目の前にあった駐車場の下から土が盛り上がってきて、1メートルくらい膨れ上がりました。
そのうち今度は電線がぶっちぎれ、ぶらんぶらん揺れてました。
これに触れたら感電死かあ・・・
死ぬかもしれない、揺れが収まるまではずっとそう思ってました。
気が付くと、道路には沢山の人が同じようにうずくまってました。
けれど、それ以上の大きな揺れはなく、人々がぼちぼち動き始めたので、私たちも当日の研修は切り上げて帰宅しました。ほっとしました。
ひとまず私たちは無事だったのですが、研修施設そのものはどうだったかというと、半地下に入り口のあったその施設は液状化現象で泥が入り込み、1階は泥水で埋まってました。
ということで、しばらく施設は使えなくなり、研修がストップしました。
最終的には1ヶ月くらいして研修が再開したのですが、震災直後はどうなるか全くわからず、どう過ごしたらいいものか迷いました。
一旦地元に戻る選択肢もあったのですが(震災の影響を全く受けていない実家は私の状況を理解していなかった)、現地でできることをしたいと思い、行政が募集をしているボランティアにいくことにしました。
実は新卒の時、阪神淡路大震災が起こりました。
当時名古屋のマンションの9階に住んでいた私は、朝からあまりの揺れに飛び起きました。こんなに遠く離れた愛知県でさえ相当揺れたのです。
現地でどんどん火災が燃え広がっている様子がテレビで映し出され、ぞっとしました。こんなにひどかったの?!
私が勤務していた総合病院からも医療災害派遣チームが結成され、病棟の先輩がその1人として派遣されました。
でも、私は新人だし、何もできないし、なんてまるで他人事で特に何もせずにいました。
そうしたある日、部長先生が話しているのが聞こえました。
「〇〇さん(私の4年ほど上の先輩)は、震災発生後3日の時点で現地にボランティアに行ったらしい。みんな何をどうしたらいいのか、現地にどうやって行くのか何もわからない時に、彼女は即決して行った。すごい。」
それを聞いてショックを受けました。
そうだ、私だって行けたはずだ。
他人事で何も動かなかった自分を恥じました。
もし今度同じような事が起こったら、絶対にボランティアに行こう。
そう決めてました。
そして、その時がとうとう来たのです。
こうして研修がストップしている間、ボランティア活動を行うことになりました。
※この本もよく参考にしています。恐らく母乳育児中に起こる現象やトラブルをこれだけ写真付きで解説している書物は他にないだろうと思われます。ある程度の値段はしますが、それ以上の価値ありです。
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いよいよ乳房マッサージ研修開始
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
以前受験~合格までの事を書きましたが、いよいよ入学後の話に移りたいと思います。
受験についてはこちら↓
8月に試験があり、10月に入学。
その翌年の8月に卒業というスケジュールです。
実質11ヶ月の研修期間になります。
私は卒業後は開業をすると決めていたので、本気で学びに行きました。
入学式には、やはり受験の時にいた5人全員がいました。
この5人が同期として、今後一生のお付き合いになっていくのかな?
ワクワクしました。
先生を始め、すでに卒業された諸先輩方、現在研修中の先輩方(半期ごとの入学なので、4月に入学して半年たった研修生数名)とかなりの人数の方がいました。
自分も半年後はこんな風になってるのかなあ?
未来の自分を重ね合わせ、やる気マックスになってました。
先生を始め、室内にいる全員が自己紹介をしたのですが、この時にすごく印象に残っていたひと言があります。
それは、半期前に入学した研修中の先輩の言葉でした。
「入学したての頃は何もわからず、教わったことは全て「点」でした。それが半年たって、少しずつ「線」になりつつあります。」
へえ~、なるほどな~と思いました。
私も半年経てば、そんな風にできるようになるのかなあ。
頑張るぞ!!
けれど、私が点→線を実感し始めたのは、何と1年半後のことでした・・・・。
道は長かった・・・・。
さて、入学式では他にもやったことがあり、それはマッサージを練習するおっぱい模型作りでした。
自分で針と糸を使ってちくちく裁縫していきます。
これはかなり苦労しました。
針と糸という言葉を聞くだけで吐き気が・・・・
それくらい不得意で避けたい作業だったけれど、先輩に手伝ってもらいながら、下手くそながらなんとか完成しました。
ようし、これからこれを使い倒してやるぞ~!!
そんな意気込みで入学式の日は終了しました。
翌日から早速研修開始でした。
最初の7日間だけは座学のみ、その後からは現場に出ての研修となりました。
また、研修生は仕事をしながら夜勤明けや休日に研修に通う人と、仕事をせずに研修に没頭して毎日通う人といました。
けれど、いずれも基本的には初めの半年は基礎練習、半年以降に受け持ちを持って実践、という流れでした。
私は仕事も辞めており、フルで毎日研修に行ける身でしたが、同期の中には仕事をしながら空き時間に通っている人もいて(しかも新幹線で来たりして!)、本当に尊敬のひと言でした。
さて、始まってみてどうだったか、というと、、、
これがさっぱりわかりませんでした。
何を言ってるのかわからない。
これまで勉強したことのない、全く新しい概念であること、どうやら私の理解の仕方が他の人と違うみたいで、本当にとんちんかんなレポートばかりでした。
やばかったです。
「理論」と「技術」のどちらかを先に身に着けると楽になる、と言われましたが、どちらも何のことかさっぱりわからない毎日。
けど、卒業後に開業を目指して入学した私は、是が非でも理論も技術も習得しなければ、お話しになりません。
スタートから泣きそうでした。
こんなんで1年後に開業できるのだろうか?
絶対無理。
それしか思えませんでした。
けど、本当に開業したいなら、やるしかありません。
とにかく努力しました。
毎日泣きました。
できなさすぎて落ち込んでは、また模型や研修生同士で練習してさらに落ち込む日々。
あ~、これを1年間続けて卒業した先輩達ってすごいなあ。
1年後がそれはそれは遠い毎日でした。
※この本で結構勉強しました。乳房管理について、うっ積、うっ滞といった症状から乳腺炎のことまで実践的なことも含め詳しく書かれています。
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受験番外編~ある有名助産院に見学へ
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は受験前にやっておいて良かったこととして、ドリームマップ制作のことを書きました。
B式乳房マッサージ研修入学が決まった訳ですが、その前に受験したA式は不合格だったことをチラッと書きました。
実は不合格になった大きな理由が「施設見学をしていなかった事」でした。
そこで、A式の受験後、今更ではあるけれど、比較的近くにあるとある助産院に見学を申し込みました。
そこは実はA式の中でも大御所の先生の助産院。
私は数年前にその先生の講演を聞いたことがありました。
ああ、こんな風に母乳の事をやっていけたらいいなあ、とワクワクした記憶があります。
実は私にとって人生初の助産院見学。
それくらい、助産院の事何も知りませんでした。
行ってみると、あまりの患者さん(ママさん)の多さにびっくりしました。
次々に患者さんがやってきて、待合室も埋まってるし、4つくらいある施術ベッドも埋まってる。
挨拶もそこそこに、先生は次々に施術をしていき、目まぐるしくマッサージが行われていました。
ひと息ついた時に、先生が私に聞きました。
「どうして見学に来たの?」
「先日A式を受験した時に、見学に行った事がなかったことを指摘されたので来ました」
「ああ~、あの時のあなたね!!!」
受験の際に、ずらりと並んだ面接官の中の1人だったその先生は、私の事を覚えていてくれました。
うろ覚えですが、近場の助産師が受験に来ている、ということで面接中に多少話題になったような記憶があります。
「あんた、見学くらい行っておかなくちゃダメだわ」
1回目はそんな会話だけで、あとは見学でしたが、施術は素晴らしいものがありました。
当時の私には具体的な技術はわかりませんが、おっぱいがピューピュー飛んで、柔らかくなっていってました。
それを見て、本当に感動しました。
こんなにおっぱいをピューピュー飛ばせるんだ!!
これがマッサージ技術なんだ!!
勉強したら、私も飛ばせるようになりたい!!
見学に行って、そんな熱い想いがこみ上げました。
そうして見学は結局3回行かせて頂きました。
2回目からは、先生に許可を頂き、患者さん達にインタビューをさせてもらいました。
どんな理由で来たのか、マッサージに来て何が変わったのか。
母乳の出が少なかった人が出るようになったり、陥没乳首の人がマッサージで治って赤ちゃんが直接吸えるようになったりしていました。
マッサージで治せることがいっぱいある。
それができる自分になりたいと思いました。
3回目に、先生は「もう来んでええよ」と。
私はもっと行きたかったけど、たしかにそうですよね。
あの時、先生の施設に見学に行かせてもらった事は、私の宝物です。
その後結局他の乳房マッサージ研修生になり、研修が始まって間もなくの頃、先生にお手紙を出しました。
B式の研修生になったことのご報告と改めて見学のお礼を伝えました。
すると、すぐに先生から1枚のハガキが届きました。
こんな内容でした。
**************
B式の研修を受けられることになって良かったですね。
あなたが見学に来られた時、その熱心さに心を打たれました。
でも、私1人の力ではどうしようにもなく、A式に合格させてあげられなくてごめんなさいね。
そちらでも頑張ってくださいね。
**************
涙が出ました。
本当に有名な大御所の先生なのです。
その先生が、こうして1受験生でしかなかった私に、わざわざお返事を下さったのです。
「一流の人は、中身も一流」
私の座右の銘です。
やっぱりその道で一流になる人は、こんな何の肩書きもない、利益にもならない人にも対等に応じてくれる。
私もいつか一流になりたい。
そう思いました。
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入学前にやっておいて良かったこと~3年後の自分を描いた
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は、乳房マッサージ研修受験に臨み、無事に合格したことを書きました。
実は、入学前というか、受験前にやっておいてすっごく良かったことがあります。
知人の自宅に遊びに行ったときに、ある物が部屋に飾ってありました。
✿ドリームマップ✿
これは、大きな画用紙(1メートル以上の長方形の大きさ)に自分の未来を描くというもので、彼女の夢が描かれた画用紙が壁に飾ってありました。
「描くことで夢が叶うらしい。実際にここに描いてある夢のいくつかは叶ってるし、他の事も叶えていけそうな気がする。受講費は数万円かかかるけど、描いて良かった」
と言っていました。
へえ、描くだけで夢が叶うのか。
数万円で夢が叶うのなら安くない?
と、普段ならケチ子の私が思いました。
しかも、彼女は芸術の才能があり、それはそれは夢のある素敵なドリームマップを描いていたので、私も描きたい!と思い、早速申し込みました。
たしか1日の受講で、受講料1万円くらいだったと思います。
午前中に少し講義を受け、その後は制作。
「3年後の自分を描く」
というものでした。
当時私38歳。
そろそろ何か形にしないとヤバくない?!
芸術の才能はこれっぽっちもない私は、きっと以前ならそんな事に興味も示さなかっただろうけれど、この時は一発で受講を決めました。
犬を書け、と言われて描いた絵が猿と間違われるくらい芸術才能ゼロの私。
ちゃんと作れるかしら・・・
かなり不安ではありましたが、講師に教えてもらいながらトライ。
自分が持って行った写真や、講師らが準備してくれていた雑誌などの切り抜きを適当に使い、自分が3年後にどうなっていたいか作ってみました。
実際に出来上がった作品はこちら。
2013年5月が3年後、ということは、これを描いたのは2010年5月ですね。
3年後には
大好きな竹野内豊さまと結婚して、
子供も産んで、
アレキパ(ペルーの都市で、私の第二の故郷)で日本人用の宿泊施設を作って、
畑をやっている父の手作り野菜を毎日食べて、
杉本彩のように42歳でもきれいでいて(←なぜかこの時42歳になってる?!)
助産院開業を果たして(しかも年収2,000万)、
その3年後(2016年)には家を建てる計画をしてて・・・・
随分欲張ってますが、ワクワクしながら作ったのを覚えています。
出来上がった作品は、自分の想像以上にいい出来でした。
今でも宝物です。
私は、これを作ったおかげでその後開業できました。
卒後研修後、技術が未熟で開業はもう少し先の方がいいかな、、、と悩んでいた時に、「でも、あの時3年後に開業するって決めたから!」と決心することができました。
ついでに、このドリームマップに描いたことって結構叶ってます。
残念ながら、竹野内豊さまと結婚することと、子どもを産むことは叶わなかったですが・・・・(年収2,000万はそのうち・・・)。
高校卒業後ずっと実家を離れていたけれど、結局地元で開業することになり、父の手作り野菜を食べることもできています。
このドリームマップは作っておいて本当に良かったです。
今でも部屋に飾っています。
もし今未来の自分がぼやけている人がいたら、ぜひぜひこうして作品を作ってみてください。
これを見るたびにワクワクしますよ。
そして、気が付いたら夢が叶ってるはずですよ!
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乳房マッサージ研修受験
こんにちは。
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前回は、200万円という研修費用を父が出してくれると言った事で、研修受講と開業がいよいよ現実的なものになったことを書きました。
あとは、東京に1年間滞在する費用が工面できれば、申し込みをするのみ。
元々貯金はめちゃ得意でしたが、より一層貯金に身が入りました。
1円でも多く!
乳房マッサージを1年間学ぶ研修施設は2つあり、A式乳房マッサージとB式乳房マッサージがありました。
私はそのうちの1つに行くことになるのですが、現在は退会しているため、このように記載することにしました。
***退会って?
と思われる方がいらっしゃるかもしれないので、簡単に書いておきます。
研修修了後は、「〇〇式乳房マッサージ認定者」を名乗るために、その後も認定者の会に所属しています。
私もずっと所属していたのですが、乳房マッサージ以外にもやりたい事が出てきたので数年前に〇〇式から卒業することにし、退会しました。
けれども、本気で教えて下さって、私に自分の腕で生きていく道を作って下さった先生方には今でも本当に感謝しています。
この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
*******
実は最初にA式を受験したのですが、不合格となってしまいました。
そこで、B式を受験することにしました。
まずは研修施設見学に行きました。
施設は東京だったので、愛知県から朝一番の新幹線に乗って行きました。
全く土地勘がなかったのですが、その事を事前に伝えると、研修生の1人が雨の中駅までお迎えに来て下さいました(この方には入学後かなりお世話になりました。本当に有難うございました)。
研修施設には、研修生だけでなく、卒業生や先生もいました。
アットホームな感じがしました。
そして、少しだけ体験もさせてもらえました。
マッサージも見学させてもらえたのですが、どんなマッサージなのかはど素人の私にはよくわかりませんでした。
けれど、今までとは全く違うことが勉強できそうな気がしました。
そして、願書を提出しました。
さて、どうなるか?
どれくらいの人が受験に来るかも未知数です。
その前の受験で不合格になったので、今回も安心はできません。
そんな感じで受験の日を迎えました。
受験は夏の暑い日でした。
あるビルの一室であったのですが、受験生は私を含めて5名。
室内には、こちらの乳房マッサージに関連する教材や写真などが並べられていて、先生方の他に卒業生や研修生の人たちもいました。
その中には私が見学に行ったときにお会いしたり、体験させて下さったりした方がいらしたりして何だか親近感を覚えました。
試験内容は筆記と集団面接だったのですが、どちらも5人全員で受けるもので、5人でディスカッションなどはありませんでした。
休憩中には皆さんが話しかけて来てくれて、研修の中身だけでなく、入学後の住居のアドバイスまでしてくれました(この時に住居を決めて帰った受験生もいました)。
多分全員合格できるんだろうな・・・
そんな感じがしました。
もし合格したら、今度は2ヶ月後には入学です。
ー結果は予定通り「合格」でした。
これでようやく念願の乳房マッサージを学べることになりました!
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで⑥~研修受講資金調達
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は、何も知らずに乳腺炎のマッサージを担当してママを泣かせてしまったことから、乳房マッサージ研修を受ける決意をしたことを書きました。
今回は、前回のベビーマッサージの時とは全く気持ちが違いました。
本気でした。
新人のころから母乳が好きで、これだけで生きていけたらいいのに、、、と願っていたことがようやく形になる可能性があるのです。
とにかくちゃんとおっぱいのことを勉強したかった。
ママを助けてあげたかった。
自分が大好きなおっぱいのことで、助けてあげられない自分はもう嫌でした。
そこで、乳房マッサージの研修を受けられる施設を探してみたら、東京に2つありました。
ただ、どちらも1年間の研修で、研修費200万円!!!!!!
やはり初めは目が飛び出ました。
200万円か・・・・。
その時私の貯金200万円くらい。
なんせ10年海外と日本を往復してお金を使い果たし、1年前くらいからようやく日本に腰を落ち着けて働き始めたばかり。
しかも、ベビーマッサージでお金使っちゃったし。
すぐに決意はできませんでした。
けど、いつか絶対習いたい!
その気持ちは変わりませんでした。
ネットで何度も何度も乳房マッサージ研修制度のページを見る日々。
穴があくくらい見たと思います。
人間は接触回数が増えると、好感度が増すと言われてますが、ネットに関しても同じですね。ページを訪れて読むたびに、自分の夢が膨らんでいき、どうしても研修を受けたい!という気持ちがどんどん固まっていきました。
そうしているうちに、ある時父が言いました。
「お前の研修費用はお父さんが出してやるぞ」
私が乳房マッサージ研修を受けたい、いつか開業したい、ということを両親に話していたのでしょうね。父がサポートを申し出てくれました。
おとうさ~ん!!
このブログを書くまで、父が研修費を出してくれたことをすっかり忘れていましたが、そうでした。
40歳を目の前にして、本来なら自分の家庭を持ち、自分の子供や家族のためにお金を使っているだろう年齢で、親のすねをかじることに抵抗はありましたが、この時ばかりは有難くお願いしました。
これで乳房マッサージ研修を受けられる。
あとは東京での1年間の滞在費を工面するのみ。
世界が広がりました。
※私はこうして父に借りて一括で支払いましたが、たしか前期と後期で分けて支払うあどの分割方法もあったような気がします。
乳房マッサージ研修を1年受けたら、いよいよ開業の道が開ける。
自由にやりたいようにできる。
おっぱいだけができる。
自分のこれまでの病院勤務を振り返ってみると、とにかく長続きしていませんでした。
最長は新人時代に努めた4年間、その後は半年~1年半程度で就職ー退職を繰り返し、とにかく海外にいくためのお金が貯まったら終わり。
就職しても、すぐに退職を考えていた私。
海外に行く費用捻出、って他の人には言ってたけれど、それだけではなかった。
いつも、「このまま助産師続けるのやだな、、、」という思いがありました。
それは「私の好きな事だけ」ではなかったからです。
↓これに少し書いてます。
新人の時から、おっぱいだけをやりたくて、その後もその気持ちは変わらなかったのに、一歩を踏み出せずにいました。
海外に行きまくり、いつも自由を求めていたのに、助産師としての「自由」を手にいれていませんでした。
でも、乳房マッサージの研修を受けて自信がついたら、自由にできる。組織のルールに縛られず、人に左右されず、自分のやりたいようにできる。
「乳房ケア技術」と「自由」
これが私が求めていたもので、それを合わせてできるのが乳房マッサージでの開業でした。
こうして、乳房マッサージ研修受講と開業を決意した38歳の秋。
研修入学の1年ほど前でした。
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで⑤~乳房マッサージを学ぼうと決意した日
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回はベビーマッサージの短期講習だけでは開業できないと悟ったこと、乳房マッサージ研修への気持ちが少しずつ高まっていったことを書きました。
そして、事件勃発です。
それは、ある土曜日の夕方起こりました。
私はその日、フリーとして勤務していました。多分何か教室などがありその担当だったのではと思いますが(思い出せない)、自分の当日の役割は果たしたのでしょう。リラックスしていた時、乳腺炎のママさんが来られました。
その方は、その病院で出産されたママさんで、産後2ヶ月程度だったと思います。
乳腺炎を繰り返し、外来に何度か通院して抗生物質をもらっていたようです。
その日も同じように乳腺炎で来院されたようですが、医師の診察はなく、おっぱいマッサージを希望されている、ということで病棟にいる私に声が掛かりました。
「乳腺炎」
当時は正直何も知りませんでした。
ただ、しこりをマッサージすればいいんだよな、程度の認識でした。
そして、病棟に上がってきたママさんにベッドに横になってもらい、おっぱいを見せてもらったところ、片方のおっぱいの一部が赤くなっていました。
乳腺炎のおっぱいを診たことがなかった私は、「しこり=母乳がたまっている=母乳が詰まっている」しか認識がなく、詰まっているおっぱいを出せばいいんじゃないの、と自己流マッサージを始めました。
けれど、排乳を試みるものの、ほとんど母乳は出てこない。
もう少し力入れてやらなくちゃいけないんだろうな、ともう少し強く押してみるものの、変わらず母乳はほとんど出てこない。
それから、どれくらい時間がたったのでしょうか?
多分20~30分は経っていたと思います。
どれだけ頑張ってもしこりは全く変わらない。
いや、むしろさっきより腫れてきている気がする。
その時初めて「これは私では無理なんじゃないか」と思い始めました。
(ちなみに、熱も一切測っていませんでした。今更ながら、本当に無知は怖い。。。)
そこで、おっぱいに詳しい先輩に「ちょっと見てもらえませんか?」と相談しました。
すると、その先輩はママさんのおっぱいを見るなり言いました。
「このおっぱいは私には触れない!!」
大ショックでした。
その先輩ですら触れないおっぱいを、私は判断すらできず、自分が治せると思ってマッサージ(なるもの)をやっていたとは。
ということで、結局何も変わらず、いや、むしろ悪化した状況で帰すはめに。
一応先輩と一緒にどこか診てもらえる近くの助産院を調べてみたものの、その時土曜日夕方17時。どこも診療時間は終了しています。しかも翌日は休診日のところばかり。
「私たちには手に負えない状態です。これ以上私たちでできることはなく、申し訳ないけどどこか診てもらえる助産院を探してもらえませんか・・・?」
私に言えたのはこれだけでした。
来院時には、ああ、しこりなら出せばいいんでしょ?なんて簡単に思ってたのに(きっと態度にも出ていた)、本当は触ってはいけなかった。乳腺炎を診たことのない、知識もない私が1人で診ていいものではなかった。
良くなると思って来院されたママさんからは、笑顔が消えていました。
「もうここでは診てもらえないのですか?」
泣きながらそう言って帰って行きました。
その後どこか助産院で診てもらえたのか、わかりません。
そして病院には二度と来ませんでした。
ママさんのあのひと言と涙の顔は今でも覚えています。
その時に私は決心しました。
「二度と同じように泣かせてはいけない」
助産師としてのキャリアは10年あり、母乳の事もたくさん勉強してきた自負もあったのに、乳腺炎1つ診ることができない自分をはっきりと知りました。
母乳が好きで、開業したいなら、ちゃんと乳房マッサージを学ばなきゃいけない。
そうでなければ、何もできない。
乳房マッサージを学ぶ決意をした日でした。
※乳腺炎についても詳しく書かれています。かなり勉強させてもらいました。
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで④~ベビーマッサージ受講
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は楽に開業しようと思い、ベビーマッサージ講師資格をとろう思い立ったところまで書きました。
ベビーマッサージ資格が取れたら、それで開業できると思い、ワクワクしてました。
でも、ベビーマッサージなんて今までしたことなかったので、どこがいいのかわかりません。
ネットで検索し、ある程度の質がありそうで、短期間で講師資格を取得できるところを探し、申し込みました(東京で3日間講習を受けるタイプのもので、受講料30万円程度のものでした)。
当時愛知県に在住していた私は、2泊3日で東京のホテルに滞在し講習を受けたのですが、結果としては、3日間の受講ですぐに教室を開けるような技術習得には至りませんでした(><)
軽くショックでした。
3日間だけで開業できるなんていう甘い夢は消えました。
そりゃ、そうです。
まずは習って、その後何度も練習して、それでやっと半人前のはず。
けど、当時はそんな風には思わず、3日受講さえすれば、もうすぐにでもいける!としか考えてませんでした。
ということで、ベビーマッサージの資格さえあれば助産師なんだし開業できる、と踏んでいた私の甘い考えも吹き飛ばされた訳ですが、この時30万円支払ったお陰で、その後乳房マッサージ研修に200万円出す勇気も出たと思います。
こうして、安易な私のベビーマッサージでの開業の目論見は見事に砕かれました。
☆でも、その後全くやらなかったわけではなく、テキストなどを復習して、勤務先のママさん教室で何回かレッスンしました。
さて、助産師だからって、たった3日間講習を受けたくらいでは、全く開業なんてできないんだ、とわかった私。
本当は開業権を持っているのでしようと思えばできるのですが、やっぱり病院に勤務していた実績だけで開業する勇気はありませんでした。
そこで、やはり自信を持って開業できる技術が必要だと確信しました。
それは、昔からずっと考えていた乳房マッサージ。
勤務先にたまたま「〇〇式乳房マッサージ」と書かれた本があり、そこに技術の詳細が書かれてありました。
これなら自分でもできるのかな?とそれを見ながらママさん相手にやってみるものの、何だかできてるような、できてないような。
やっぱり本だけではよくわかんないな。。。
こんな風に少しずつ本格的に乳房マッサージの勉強をしたい想いが強くなっていき、でも1年間そのために時間を費やし、さらに200万円もの費用をかける勇気はそうそう出ませんでした。
けれど、この時すでに37歳。
40歳までに何か変化をつけておかないと、その後が苦しくなるよな・・・
そんな思いの中、私を乳房マッサージ研修に突き動かす事件が起こりました。
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで③~開業への気持ちの芽生え
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は10年間の海外放浪からドラマをきっかけに帰国を決意した時のことを書きました。
帰国決意の部分をかなりかっこよく書いてますが、当時は海外の日本企業で事務職をしており、実は帰国決意と時期を同じくして、クビにもなりました。
これもいずれ改めて書こうと思っていますが、幸か不幸かタイミングが合ってしまった、という感じで、帰国せざるを得なくもなりました。
クビになった自分がカッコ悪すぎて、情けなさすぎて、その場から離れるしかありませんでした。
そんな状態で帰国した36歳の私ですが、就職先はすぐに見つかり、再び助産師としてクリニック勤務が始まりました。
そこは自然分娩を第一としてフリースタイル出産をしており、出産直後からの母児同室、極力母乳以外のものは赤ちゃんに飲ませることを控え、退院時母乳率は90%以上。
こうしたことを実現させるために、助産師の数も揃えており、助産師として働くには、この上なくいいクリニックだったと思います。
フリースタイル出産、これは助産師として分娩に携わるのなら、自分のやりたい方法に一番近いと思います。
以前にもフリースタイル出産をサポートしてくれる産科に勤務したことはあり、やっぱり分娩台よりいいなあ、と改めて思いました。
ただ、なんせ私自身の緊張感がハンパない。
陣痛の最中声のあがる産婦さんを1秒でも放っておくことはできず、赤ちゃん大丈夫かな、の心配も常につきまとい、自分が分娩担当になった時は全く気が抜けませんでした。
それでも日勤なら他の人がいるけれども、夜勤ともなれば1人で対応も判断もしなければならず、緊張と休めない疲れで夜勤が終わった瞬間どっと疲れる日々。
さらに、他の人に気を遣ってしまう性格から自分で自分の首を絞めることも多く、身体的にも精神的にもいつも疲弊していました。
そうしたことから、このまま病院勤めを続けるのは体がもたない、と本気で思うようになりました。
そうなったら、助産師たるもの、考えることは「開業」です。
ただ、本格的な開業に至ったのは、実は5~6年後になったのですが・・・
開業を考え始めた私は、どのような形で開業できるのか、まずは簡単なことから考えました。
母乳が好きなのは相も変わらず、開業するなら産後のママさんたちの母乳サポートをやりたい。けれども、その為の乳房マッサージ技術もなければ、知識も人並みがせいぜい毛が生えた程度。
ということは、他の何かがいる。
そう思い、思いついたのは「ベビーマッサージ」でした。
ベビーマッサージをメインに、来られたママさんに授乳指導サポートもする。
これが私が思いついた開業内容でした。
そう思ったら即行動!
すぐにベビーマッサージ講師資格が取れる3日間講座(30万円)に申し込みました。
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで②~日本に戻る、助産師に戻る
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
前回は、近隣の開業助産師さんにダメだと言われてむっとした事、開業助産師さんが全く眼中になかったことを書きました。
「助産師として働く=病院で働く」しか選択肢の中になかった私ですが、それが変わったのは36~37歳の頃でした。
実は、乳房ケアに目覚めたのは新人の時。
助産師学校卒業後総合病院に就職し、勤務者は「妊婦係」「分娩係」「褥婦係」の3つのグループに分かれ、2か月ごとにローテーションする仕組みだったのですが、とにかく「褥婦係」が楽しかったのを覚えています。
毎日出産後のママさん達と話をして、母乳を一緒に頑張って少しでも出る量が増えると一緒に大喜びして、、、そんな2ヶ月は楽しくて楽しくてしょうがなかったです。
この新人の頃については、私の原点でもあるので、改めていつか書こうと思うのですが、最初の年から「おっぱいだけをやれたらいいのになあ・・・」と思っていました。
けれども、開業なんて微塵も頭になかった私。
夜勤して生活費を稼がなくちゃいけないし、助産師として生きていくなら病院勤務や夜勤は逃れられない、としか思っていませんでした。
けれど、褥婦係2ヶ月間以外の4ヶ月は毎日憂鬱で、もうやだな、いつ辞めようかな、、、そればかり考えていました。
とにかくおっちょこちょいで早合点な私は、ミスも多いし、救急時に動けないし、そんな自分が情けなくて、私この仕事向いてないよな、、、とずっと悩んでました。
そこで、4年勤務後に病院を退職しました。
そして、他の仕事に就いてみたり、27歳の時からは10年間海外放浪に出たりしました(これについても、後々改めて書く予定です)。
その海外放浪から日本に戻ってくるきっかけは、海外滞在時に現地の日本人から借りて見た日本のドラマ「1リットルの涙」。
これは沢尻エリカ主演の随分昔のドラマで、ある女子中学生が「脊髄小脳変性症」という病に侵され、身体の機能が低下していってしまうストーリー。
日本のドラマにご無沙汰だった私は、食いつくように見てしまい、エリカ様と一緒に涙を流し、すっかり主人公に肩入れしていました。
※涙なしでは見られません(><)検索したらこれが出てきました。
病院や医療に携わる人がメインではなかったけれど、主人公をサポートする人たちの場面を見ては、
「私もやっぱりこうして誰かに手を添えたいな」
涙を流しながら、そんな風に思いました。
そしてふと思ったことが
『やっぱり日本に帰ろう』
27歳で初めてワーキングホリデーで海外生活を体験してから10年間、ずっと海外移住を目指していた私にとって、日本への本格帰国を決める日が来るなんて、驚きでした。
『やっぱり助産師に戻ろう』
ふとそんな思いが湧いてきました。
これは本当に不思議な気持ちでした。
助産師が嫌で辞めて、きっと自分の天職は他にある、と他の仕事を探し、違う人生を探していた私が助産師に戻ろうと思うなんて、自分でも驚きました。
『やっぱり母乳をやりたいな』
これが正直な気持ちでした。
結局新人の頃に思っていたことに戻ることをはっきりと自覚した、36歳の私でした。
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乳房マッサージ研修受験を決意するまで①~開業者は違うみたい
こんにちは。
乳房マッサージ専門「葉っぱ助産院」院長の山田葉子です🍃
皆さんの中で、「助産師の開業」はどのようなイメージでしょうか?
すごい人がするもの?!
1人で責任を負うなんて怖すぎる?!
自分のやりたいことがはっきりしている人がするもの?!
私の中では、「何故開業しているのだろう?」でした。
病院の中での世界しか知らず、助産師として病院外でわざわざ何かをすることなんでこれっぽっちも頭の中にありませんでした。
なので、開業している人たちがどこで何をしているかも知らず、開業助産師さんのことなんて全く頭にもありませんでした。
そんなある日病院近くで乳房ケア専門で開業していた年配助産師さんと話す機会があり、言われたことは「あなたの病院のおっぱい管理は全くなっていない。うちにもよく患者さんが来る」でした。
でも、私が当時勤務していたところは、出生直後から母児同室をし、授乳介助や乳房ケアに力を入れ、退院時の母乳率は90%を超えるクリニック。
「これだけやってるのに何が悪いの?!」とムッとした記憶があります。
開業助産師さんがどれだけの力量を持っているかなんて知るすべもなく、自分たちがやっている事は一番だと思っていたので、「何よ、あなたはどれだけできるの?」なんて思いました。
けれど、今ならわかる。
あの時開業助産師さんが言っていたことの意味が。
開業する決意をする、ということはそれだけの何かを持っていたんだ、ということが。
私のように、病院の看板の中でいち助産師として働いているのではなく、自分の腕一本で患者さんに直接お金をもらいながらやっている助産師とでは、全く違うのだということを。
そんな私がたどった道を少しずつ書いて行こうと思います。
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初めまして。開業助産師のはっぱです。
初めまして。
開業助産師のはっぱです🍃
私は福岡県北九州市で「葉っぱ助産院」という出産後の乳房マッサージ専門助産院を開院している山田葉子(やまだようこ)と申します。
2014年に乳房マッサージ専門助産院を開業以来、8年が過ぎました。
この8年間様々なことがありましたが、とても楽しく続けて来られています。
ただ、私が開業時を思い返してみると、そうした開業助産師の生態というものが記事としてまとまっているものってないなあ、、と思いました。
そこで、私のこの8年間の記録と、病院勤務時代からの軌跡をこちらに残すことで、「自分は今のままでいいんだろうか?」「自分は将来どうしたいんだろうか?」「助産師として自分のやりたいことがわからない」など、自分の今や将来に漠然とした不安を持っている助産師の皆さんの、背中を押す一助となればと思っています。
これからどうぞよろしくお願いします☆
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